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外食・中食チェーンの移り変わり

外食・中食チェーンの移り変わり

外食産業という言葉がよく使われるが、この言葉が定着したのは、70年代の前半。まだ30年前のことである。

それまでの食堂業、飲食業が外食産業と呼ばれる契機となったのは、70年に開かれた大阪万博とその前年の外資導入の完全自由化だ。

この年とその翌年にかけて、フライドチキン、ハンバーガー、ドーナツといったアメリカ生まれのファーストフード・チェーンが続々と上陸してきた。やや遅れて、アイスクリームやピザチェーンも登場している。

70年代は、生活の洋風化やモータリゼーションがものすごい勢いで進んでいた時代だ。さらに、新しいライフスタイルを求めるニューファミリーが消費の主役に躍り出た。そういう時代の流れを背景に、ロードサイド立地のファミリーレストラン・チエーンが産声を上げたのがこの時代である。現在の大手チェーンのほとんどが、この時期に誕生している。本格的なチェーン店の時代がスタートしたわけである。

飲食店のチェーン化の功績は、お客様の側から見れば、気軽に外食できる場所やシーンが大幅に増えたことである。セントラルキッチンの導入による調理のマニュアル化によって、素人でも料理ができる技術が開発されたことで、急速な多店化が可能になったわけだ。仕事の単純化と標準化はチエーンを成立させるために不可欠な条件だが、料理、店舗の造作にとどまらず、接客サービスのマニュアル化をも実現したことは、個店の運営手法にも大きな影響を与えることになった。

80年代から90年代にかけてのチェーンでは、何といっても居酒屋チェーンの発展が見逃せない。大型チェーンが次々に出店して、株式を上場する企業まで生まれた。

ただ、これほどの居酒屋ブームが起きた背景には、お客様の変化があった。手軽にリラックスできる場所として、お客様はそれまでとは違った居酒屋を求めていたのだ。酔っ払うための場所ではなく、コミュニケーションの場としての居酒屋である。とくに、若い女性同士やファミリーが気軽に利用できる雰囲気が確立されたことは、外食市場の拡大という意味でも大きな功績だったといえる。

チエーン化の流れでは、牛丼屋と回転ずし屋の急成長もあった。とくに回転ずしのチェーンは、従来の安い、早いだけでなく、高級化の方向にも踏み出しており、個店のすじ屋を駆逐する勢いを見せている。仕入のマスメリットをフルに発揮しての展開だけに、チェーンというビジネス形態の強さをまざまざと見せつけることとなった。

また、ここ数年は、パスタとピザを中心としたイタリアンのレストランチェーンも大きな伸びを見せている。このままいくと、ファミリーレストランの半分近くはイタリアンになりそうな勢いだ。

ところで、チェーンには直営とフランチャイズ(FC)方式とがあるが、25兆円にものぼる現在の外食市場の成長は、FCチェーン抜きに語ることはできない。

FCシステムもまたアメリカ生まれのビジネスだが、導入初期の70年代には早くも、札幌ラーメンや持ち帰り弁当、ハンバーガー、フライドチキン、ドーナツなどで新市場を開拓している。80年代には、大ブームを巻き起こした居酒屋をはじめ、九州ラーメン、回転ずし、宅配ピザなどがブームになっている。バブルが崩壊して平成不況に落ち込んだ90年代においても、喜多方ラーメン、カフエ・ベーカリー、ステーキ、カレー、焼肉など、次々と新しい業態が生み出されている。FCが占める市場規模は、外食市場全体のЮ%を軽く超えている。

次に、このところ好調に成長を続けている中食市場についても見ておこう。

言うまでもなく外食とは、家庭とか職場などふだんの生活の場から出て食事をする行動のことだ。それに対して、中食とは、ふだんの生活の場で、なおかつ自ら調理することなく行う食事行動のことで、典型的な形態はテイクアウトである。最近はデリカテツセンを略した「デリ」や「デパ地下」なる言葉もすっかり定着した。コンビニの弁当。総菜・調理パンもこの分野である。

中食市場を狙ったチエーンの最初の成功例は、80年代に急成長した持ち帰り弁当チェーンだつた。ただ、かつてのテイクアウトにはある種のチープさがつきまとつていたものだが、最近はがらりと変わった。商品そのもののレベルアップはもちろん、商品のプレゼンテーションやできたて感の訴求など、さまざまな工夫がなされている。

また、中食市場ではもうひとつ、宅配ビジネスがある。先行したのはやはり80年代のビザだったが、これが定着するにつれて、すし、天ぶら、井もの、中国料理、洋食などのチェーンが誕生している。大手の外食企業もこの市場への参入を狙っており、まだまだ拡大し続けていくことだろう。

著者紹介:宇井 義行
コロンブスのたまご 創業者・オーナー

学業のかたわら、18歳から飲食店で働きながら実践的な飲食業を学び、23~25歳で6店舗の飲食店経営を手掛け、超繁盛化。赤字店の1ヶ月での黒字化など奇跡を起こし注目を集める。 26歳の時、実践的な「飲食コンサルタント」として独立。個性的な店、地域一番店を目指し、情熱ある現場直接指導に力を注ぎ、 全国の飲食店3000店舗以上を指導。指導歴日本一のフードコンサルタントとして数多くの難問を解決。不振店を繁盛店へと生まれ変わらせる手腕は業界屈指のリーダーとして国内外で高く評価されている。