調理師、サービスマンが独立開業するケースである。どちらもすでに飲食業を知っているプロなのだから、やすやすと成功してもおかしくないはずだ。ところが、意外と失敗しやすいのがこのケースなのである。原因はどちらも、飲食業について「知っているつもりになっている」ことにある。
まず調理師出身の経営者の落とし穴は、料理に自信をもちすぎていることだ。おいしければお客様は来る。そう信じて疑わない。
しかし、いまは「そこそこおいしい」ことなど当たり前の時代である。よほどのスーパーシェフでなければ、料理だけでお客様を呼べる時代ではない。実際、料理人仲間の間ではすばらしい技術の持ち主と尊敬されていながら、お店がうまくいつていないというケースはけっこうある。
お客様が飲食店に求めているのは、おいしい料理だけではない。飲食を通して楽しく豊かな時間をすごすことだ。ところが、料理を偏重していると、お店づくりのバランスがとれない。サービスや雰囲気を軽視してしまいがちなのだ。とくにポピュラープライスのお店だと、サービスや雰囲気など二の次で十分と決めつけてしまう。
最悪なのは、お客が入らないのは、お客が味がわからないからだと思っているケースである。自分の技術や経歴に自信をもつことはいい。しかし、お金を払って飲食店を利用するのはお客様だということを忘れては困る。
本当にすぐれた調理師とは、お客様が喜ぶ料理をつくれる人である。調理師としての自己満足を捨て、お客様に目を向けること。そして、すべてをお客様から発想するように心がける。調理師の人は、このことを謙虚に認識することが大切だ。
一方、サービスマンが失敗する原因は調理師と反対で、料理を軽視しがちなことにある。料理はそこそこであれば十分、サービスや雰囲気だけでお客様を呼べると勘違いしてしまうのである。どうしてそうなってしまうのかというと、サービスマンは調理師以上に、飲食業を知っているつもりになりやすいからだ。
言うまでもなくサービスマンの仕事は接客である。お客様を迎えて満足して帰っていただくのは、サービスマンの責任である。いつもお客様と直に接して、さまざまなサービスを提供している。よく接客は「表」の仕事で、調理は裏方といわれるが、飲食店の表舞台は間違いなく客席ホールである。
そのため、サービスマンを長くやっていると、なんとなく飲食店の経営がわかったような気になってしまう。接客という、いかにもサービス業らしい仕事をしているため、かえって「飲食店なんてこんなもの」というおごりの意識が生じやすいのである。
たしかに、いまは料理だけでお客様を呼べない時代だ。いまのお客様は外食に慣れているから、サービスの重要性も増している。しかし、だからといつて、料理を軽視していいということにはならない。料理もサービスも、どちらも飲食店の価値を決める3つの要素のひとつにすぎない。そして、飲食店の価値は、これら3つの付加価値の総合力で決まる。このことを忘れてはいけない。