サービスマニュアルの基本は、
①身だしなみ=服装、髪型、手指の爪など
②言葉遣い=接客用語、主な敬語の使い方
③基本動作=お客が来店してから帰るまでの一連の動作(客待ち時の態度も含む)
――の3つだが、そのベースとなるのは、
④愛客精神=飲食店の売りものは「お客への愛」
――である。サービス業としての素晴らしさ、お客に喜ばれることの喜びが感じられなければ、従業員はたんなるロボットになってしまう。工場での流れ作業のように、決められた作業だけソツなくこなせばいい、という従業員ができあがってしまう。お客にもっとも嫌われるサービスとは、マニュアルどおりの言葉遣いと動作だけで、心のこもっていないサービスである。
あなたもお客の立場になってみればすぐに納得できることだが、お客はそんなことはすぐに見抜いてしまう。そして、やっかいなことに、こういうお客を不快にするサービスは、新人よりもむしろ、ベテランの従業員がやりやすい。
たとえば、ウエイトレスがあるテーブルに料理を運んだとする。そのとき、近くのテーブルからそのウェイトレスに声がかかる。よくあるケースである。ところがこの場合は、料理を運んだテーブルのお客からもほとんど同時に、追加オーダーが入ってしまった。ここで、このウエイトレスはどう対応すればいいのだろうか。
この場合まず、自分が料理を運んだテーブルのお客に接客しているのだから、その追加オーダーを受け、その後、近くのテーブルのお客の要望に応える――ふつうはそう考えるだろうし、それで間違いない。問題は、後回しにしたお客への対応の仕方である。
A社のマニュアルには、次のように書いてある。
―― こういう場合にはまず、いま接客しているお客に、「少々お待ち下さい」とことわってから、離れたテーブルのお客に対して軽く頭を下げ、「中しわけありません。すぐにまいりますから、しばらくお待ち下さい」と挨拶し、それから元のお客に向き直り、「お待たせいたしました。ご注文をおうかがいいたします」とオーダーをとり、その後、待たせているお客のテーブルに向かう――
ところが、往々にして、ベテランのウエイトレスは、後回しにするお客に対しての対応が通りいっぺんになりがちなのだ。マニュアルどおりの動作と言葉を使ってはいるのだが、その表情や言葉の響きに「申しわけありません」という気持ちがこもっていないのである。
とくにピーク時でお客がたて込んでいるときなど、まるで立て板に水のように「処理」できることを、得意がっているとしかいいようのないウエイトレスも珍しくない。
これが、愛客精神の欠如なのである。入社した当初は、「お客さま第一」と教えられたかもしれない。ところが、お店の方針や空気がマニュアル(作業指示)
順守に傾いているために、いつの間にかそれを忘れてしまう。最悪の場合は、手際よくお客をあしらえることを誇りに思うようにさえなってしまう。それが仕事の習熟度の証しだと、勘違いしてしまうのである。
A社のマニュアルは間違ってはいなかったが、不備な点があった。後回しにするお客への対応の仕方として、言葉と動作だけでなく、(本当に申しわけありませんと思い、その思いを言葉や動作に込めること)というただし書きをつけるべきなのだ。
このただし書きは、たんにそうすることによってウェイトレスが笑顔で対応するようになる、というだけの意味ではない。一つひとつの接客の場面で、いちいちこういう「心」の部分を付け加えておくことで、ウェイトレス自身が、自分で接客には何が大切なのかということを考えるようになるのである。つまり、自分がサービス業に従事していることの意味、そして喜びを理解するようになるのである。
この理解がない限り、どんなベテランであろうとサービス業のプロとはいえないし、大局的に見れば、そういう従業員の存在は、お店のマイナスでしかないということなのだ。
もちろん、新人にしても同じである。マニュアルが「作業指示書」でしかない限り、お客に「いい加減にしてよ―」と思われる。お仕着せ人形のオンパレードになってしまう。
サービスマニュアルというのは、調理マニュアルや清掃マニュアルと根本的に性格が違う。ほかのマニュアルはそれだけマスターすれば一応問題ないが、サービスマニュアルはそうはいかない。
もしも、サービス担当者が全員、サービスのプロであるとすれば、基本になるお店のコンセプトを全員で確認し合ったうえで、個々のサービス担当者が、どうしたらお客に喜ばれるかを考えるべきであろう。それが本来のあり方である。しかし、現実はプロ集団ではないのだから、サービス担当者として身につけておくべき、最低限度のサービスを教えなければならない。
それを誰にでもわかりやすく理解させるための教科書が、マニュアルなのである。マニュアルをベースに、個々のサービス担当者の人間的な良さを肉づけしてはじめて、質の高いサービスを実現することができる。マニュアルは、それをマスターすることでようやく、サービス担当者としてお客と接する資格を与えられる、ひとつの教材にすぎない。
つまり、従業員一人ひとりのハートをうまく引き出し、活かしてあげるためのもので、本当のサービスの向上はここから始まるのである。したがって、店長はマニュアル習得を目的化してはならない。なお、接客サービスに向いているのは必ずしも、器用で物覚えのいい人とは限らない。お客の心を動かすのは、接客の心と温かいハートの持ち主なのである。
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