従業員教育に教育。訓練・しつけの三つがあることは前述した。実は、店長のマネジメント訓練も一面ではない。マネジメント技術には、経験によって身につく技術と、そうでない技術とがあるからだ。
経験によって身につく技術とは、接客サービスの技術や部下をまとめて戦力化していく技術、顧客管理技術などである。これらの技術は、あなたの長いサービスマンとしての経験によって培われてきたものだ。自分ではそんな意識はなかったかもしれないが、何年にもわたってOJT (職場内訓練)を繰り返してきた成果として、いまのあなたの技術があるわけである。
経験はまた、人格をもつくっていく。お店の顔としてお客に接して恥ずかしくない貫禄は、ある程度の年月をかけなければ備わるものではない。
しかし、昔と違っていまの店長は、そういう経験だけでは務まらない。学習によってしか身につかない管理技術を要求されているからだ。その必須技術の代表的なものが、計数管理である。
飲食店の計数管理技術のうち、これだけはどうしても知っていなければならない技術に関しては、1章を設けて解説した(第3章)。
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そこで取り上げた技術は、格別むずかしいものではない。計算式もすべて、加減乗降の算数である。慣れていない人には最初、ちょっととっつきにくいかもしれないが、公式を覚えてしまえば、計算自体は簡単なものばかりである。
ところが、実際にこれらの技術を使いこなして経営効率を高めていくことは、意外とむずかしい。一応は頭に入れたつもりでも、いざ実地となるととどまってしまう人が少なくない。身についていないのである。
たとえば、なぜ人時売上高や人時生産性を問題にしなければならないのか、なぜそれらのアップが必要なのか。そのことを本当に理解していないから、とまどってしまうのだ。なぜそれらの管理が重要なのかを、論理的に理解できてはじめて、技術は自分のものになる。仕事の日標を計数に置き替えることによって、現場の作業のどこをどう改善したらいいのかということを、数字でとらえることができるようになるのだ。店長が論理的であれば、部下も会社や店長の示す方針を理解しやすい。そのレベルまでいってはじめて、計数管理と呼ぶことができる。
よく商売は理論どおりにはいかない、といわれる。そういい切る店長も少なくない。たしかに、理論どおりにコトが運ぶのなら、これほどラクなことはない。そうならないから、どこのお店でも店長は苦労しているわけである。飲食店の運営には、不確定の要素がたくさんある。
お客のニーズはどんどん変化していくし、従業員の人材もなかなかツブ揃いとはいかない。そこに「公式」を当てはめてみたところで、どんな意味があるというのか―― これが、大方の店長のホンネではないだろうか。
しかし、そう思うのは結局、それぞれの計数の意味を本当に理解していないからなのだ。たんに公式を暗記するだけなら、小学生でもできる。問題は、そこで出てきた数字をどう評価し、次の行動につなげるかなのである。ここで、経験で身につけたものが生きてくる。出てきた数字が、どこの改善点を指しているのかが判断できるのである。
ものごとを論理的に考えるのと理想論を語るのとは、本質的に違う。理論どおりにいかないと決めつける人は、計数管理を一種の理想論と勘違いしている。
たとえば、基準値とか標準値というのがある。経営書を見ればたいてい、材料費率は何%、人時生産性は何円、という具合に、その数字が示されている。しかし、現実はなかなかそうはいかない。材料費率がかなリオーバーしていたり、人時売上高が標準値よりも低かったりする。しかし、これはある意味で当然のことなのだ。
たとえば、ステーキ専門店のように料理の加工度が低く、素材そのもののよし悪しが商品力を左右する業種の場合は、どうしても材料費率を高く設定せざるを得ない。その代わり、客単価は高いから、利益率は少々低くても利益額は確保できる。反対に、喫茶店のように客単価が低ければ人時売上高も低くなるが、材しかし、もしも利益が出なかったらどうするのか。
また、不確定要素の多い飲食店経営は、いま利益が出ていても、来年の保証はない。
利益が出なくなるということは、店舗運営のどこかに大きな問題点を抱いている証拠である。その問題点を探し出し、具体的な改善策を打つためには、運営状態の自己診断ができることが前提になる。また、一応利益は出ているのだが、本来ならもっと利益が増えてもおかしくない、という場合でも、自己診断ができなければ、利益のタレ流しを続けていくことになる。
これらの自己診断は、計数管理術なしには正確にすることはできない。計数管理は本来、予算達成のためのものだが、問題点の解明と改善にあっても、なくてはならない技術である。そして、この技術だけは、自分で勉強し、理解を深める努力を継続することによってしか、しっかりと身につけることはできないのだ。
ただ、ひとつ注意しておきたいのは、数字に縛られるようになってはいけない、ということだ。もちろん、最終的に利益を確保することが計数管理の目的だが、飲食店の運営は数字がすべてではない。お客とお店の関係は、人間対人間のコミュニケーションなのである。
いくら効率を高めるためといっても、商品やサービスの品質が悪くなるのでは本末転倒だ。飲食店のマネジメントは、物販店とは比較にならないキメ細かさが要求される。経営的判断によっては、数字よりもコミュニケーション要素を優先しなければならないこともある。しかし、結局は、そのほうが売上高は伸びる。お客の支持は、机上の計算だけではつかめないものなのだ。