お客がお店に入ってきて感じる主な不潔感を挙げると、次のようになる。
①テーブルの汚れ、水滴、拭き跡
②テーブルの脇または裏側の汚れや床のゴミ
③カスターセットの汚れ(とくに油汚れ)
④イスの汚れ
⑤ メニューブックの汚れ
⑥窓ガラスの汚れ
⑦照明器具の汚れや照度の落ちた蛍光灯、電球
③トイレの汚れ(とくに便器とその周辺)
⑨化粧台、鏡の汚れ
⑩ レジの汚れと周辺の乱雑さ
これらのなかで致命的なのが、③のトイレの汚れである。当然だろう。不潔感が直接的でもっとも強烈だから、お客のお店への評価はガタ落ちになる。
たとえば、食事を終えたあと「ちょっとお化粧を直しに」とトイレに立つ女性客は多い。そのとき、ドアら、満足した気分にサアッーと水を差されてしまう。
男性でも同じだ。ましてや食べる前だとなおいけない。神経質なお客だと、食欲までなくなってしまう。また、注文して料理を待っている間とか、料理を食べている最中に、汚くてイヤな思いをさせられたトイレを従業員が利用するのを目撃したとする。これほど興ぎめなこともない。
「そんな大袈裟な」と思ったとしたら、自分のクレンリネス意識について疑ってかかる必要がある。別項で清潔感は十人十色、人によって感じ方が違うといったが、それは店長には当てはまらないのである。
私はクレンリネスの話をするときによく、小学校の先生から聞いた話を例として挙げる。その先生は、家庭訪間のときに必ず、訪問先の家庭のトイレを借りることにしている。トイレに入ってその様子を見れば子どもにどの程度のしつけをしているかの察しがつくからだという。便器が汚れていたり、髪の毛やホコリがたまっているようでは、きちんとしたしつけをしていることは期待できない、というのだ。
「トイレを見ればその家がわかる」というわけだが、まったくそのとおりである。そして、このことはそっくりそのまま飲食店にも当てはまる。トイレほどそのお店のクレンリネス意識を反映する場所はほかにない。
トイレの様子をひと目見れば、そのお店の飲食業に対する考え方、取り組みの姿勢がたちどころに判明する。「トイレよければすべてよし」ということはある。しかし、トイレだけは例外で、トイレを除けばお店全体、どこもかしこもピカピカに磨きあげているなどということは、現実にはあり得ないのだ。
別のいい方をすれば、トイレの清掃のよし悪しは、お店の文化の程度をあらわすバロメーターである。つまり、店長のレベルを物語るということで、そのことを一番よく知っているのは、実はお客なのである。こういう無神経さに対しては決して妥協してくれない。
ところで、お店のクレンリネスで誰もがイヤがるのが、トイレの清掃である。しかしこれは、お店のトイレに限ったことではないだろう。誰もが清潔なトイレのはイヤだというのが、たいていの人のホンネのはずだ。自分の家のトイレとそれ以外のトイレは別、という人も少なくない。
なぜか。他人の使うトイレは不潔、という感覚があることは事実である。しかし、そういう感覚とは別の意識が働いていることもの否定できない。それは「トイレ掃除はレベルの低い仕事だ」という意識である。
もちろん、そんなことがあるはずがない。また、ふつうはとくに根拠をもってそう考えているわけでもないだろう。日本では昔から「トイレは不浄の場所」という考え方があったが、その名残かもしれない。ともかく、そういう風潮が根強く存在していることは確かであり、それが従業員の意識に多分に影響していることは否めない。したがって、トイレのクレンリネスを徹底するためには、従業員教育のなかでそういう意識を改革していく必要がある。
しかし、先決はまず、店長であるあなたの意識改革である。すでに十分な意識をもって実行しているのであれば、こういういい方は失礼になるかもしれないが、その認識をより強固なものとするためにも、もう一度この問題について考えてみてほしい。
まず、店長はお店にいる問つねに、トイレがきれいな状態に保たれているか、意識の内に置いているようでなければいけない。店長がいつもトイレの様子を気にかけている姿勢を部下に示すことが大切だ。
そのうえで、教育としつけによって部下の意識改革を徹底する。飲食業として、トイレのクレンリネスがいかに大切なことかを理解させる。もちろん、衛生面での重要性もわからせる。これが教育だ。しかし、たんに頭で理解しただけでは、なかなか身体が動かないのが人間である。いわれなくても誰もが身体を動かすようにする。しかも、誰もが同じ清潔感の基準をもって清掃するようにする。これがしつけである。どこをどうきれいにするのか。モップや洗剤の使い方はマニュアルで示せばいい。これが訓練である。
そして、もうひとつ大事なことは、部下の中からリーダーを育てることだ。そして、リーダーは店長と同様、つねにトイレの状態に気をつかい、率先してトイレの清掃をおこなうようにさせると同時に、ほかの部下に対してもいつでもトイレ清掃の命令を出せる権限を与えてあげることだ。いつまでも店長が中心になっていたのでは、店長が不在のときに必ず心のスキが生まれるし、次第に士気の緩みにつながっていく。
クレンリネスの原動力は、いかにお客に尽くし、いかにお客に喜んでもらうかという心である。他人に奉仕することの喜びを部下にわからせてあげること。それができるかどうかで、お店の評価が決まり、店長の評価も決まるのである。
どれだけの客数を確保するか――飲食店の繁盛の条件をつきつめていくと、この1点に絞られている。だから、できる店長はみな、どうすれば客数が増えるか、毎日知恵を絞っているものだ。
ところで、お客は初回客と再来店客に分けられる。このうち初回客の誘致は、お店づくりのコンセプトや宣伝など、経営者の経営施策に左右される部分が大きいため、店長の責任とばかりはいえない。
しかし、一度来店したお客に二度、三度と来店してもらい、自店のファン=固定客になってもらうことについては、原則的に店長の責任である。初回客の再来店を促し、固定客にすることを、顧客管理という。
そこで理解してほしいのは、顧客管理とは技術だということである。技術である以上、方法論を知り、努力をすれば、誰にもできるということだ。逆にいえば、顧客管理がきちんとできないようでは、店長は失格ということになる。
顧客管理にはいくつかの方法があるが、最初に顧客名簿の活用について考えてみよう。
飲食業に限らず、あらゆる商売にとって重要な戦略は、需要の掘り起こしである。需要には顕在需要と潜在需要とがあるが、ふつうはどうしても顕在需要にばかり日を奪われがちだ。ランチタイムだから満席を期待できるとか、ディナータイムだから何人のお客を見いる人=お客と見なす傾向が強い。
たしかに、ランチタイムとディナータイムは、レストランの利用動機の発生要因である。当たり前のことである。しかし、同様に当然のことに、外食動機をもつ人たちが全員、自店のお客になってくれるわけではない。そんなことはいわれなくてもわかっている、と思うだろう。しかし、何も手を打っていなければ、わかっていることにはならない。要するに、来てくれるかどうかわからないお客を、ただ待っているだけに過ぎないのである。
これは、初回客ばかりではなく、固定客についてもいえることだ。固定客といっても、毎日通ってくれるわけではないのだ。ここに、顕在需要のみに頼ることの怖さがある。
アテにならない来店を期待しているだけで繁盛できるほど、いまの飲食業界は甘くない。そのいい例が、いわゆる繁華街商法の凋落である。かつて繁華街では、開店していれば黙っていてもお客が入った。それが、いわゆる一等地信仰をつくってきたのだが、いまは不振店が続出している。 いくら店前通行量があっても、自店のお客になってくれなければ何の意味もないということを、この事実は教えている。
また、いまのお客は、自分の「お店リスト」をいくつも持っている.利用動機別にそれぞれ五〜六店のリストはあるはずだ。ということは、 一人のお客当たり、5〜6店の同業態店=競合店があるということになる。
場合によっては、同業種同業態ということをもあるはずだ。したがって、固定客と思い込んでいるのはお店の側だけで、お客にとっては「たまに行ってもいい」くらいの一店なのかもしれないのである。
DM (ダイレクトメール)の目的は、そういうお客に対して、自店への来店という明確な目的意識をもたせることにある。お客の意識の中で眠っている来店動機=潜在需要を揺すぶって、顕在化させるのである。
そのためには、ふだんから顧客名簿を整理しておくことが、最低の条件になるの固定客と初回客のいちばんの違いは、自店の商品やサービスを知っているかどうかという点にあるが、この違いは想像以上に大きい。ひと口に需要掘り起こしといっても、その対象は幅広い。いうまでもなく、初回客の誘致も重要なテーマである。しかし、一度でも来店したことのあるお客の来店動機を促すのと、まだ来店したことがないお客予備軍を相手にするのと、どちらが確度の高い需要掘り起こしかは明らかである。
顧客名簿こそ、繁盛を揺るぎないものにするための貴重な財産なのだ。そしてDMは、その財産=顧客名簿のもっとも効果的な運用方法である。
ただ、最近はDMや投げ込みチラシの類いを実施するお店が非常に多くなっている。また、飲食店以外からのDMも増えているから、DM自体を目立たせる工夫をしないと、せっかく出しても読んでもらえない。
という事態が起こる可能性がある。したがって、数打てば当たる式ではなく、的を絞り込んだ効率のいい出し方を考えなければ、DMの経費ばかりかかってしまうことになる。
また、DMは出したら必ずその反応=来店を確認しなければいけない。顧客名簿と同じナンバーをふっておき、来店の際は持参してもらえるようにサービス券の扱いにするといい。この整理が必要なのは、顧客名簿とはどんどん変わっていくものだからである。少なくとも一年間区切りで効果を確かめ、反応のない名簿は切り捨てなければいけない。
つまり、固定客は必ず日減りするということだ。たとえば、転勤などで来たくても来店できなくなるお客もいれば、ほかのお店に浮気してしまうお客もいる。
とくに、後者のケースは今後、どんどん増えていくと考えるべきである。はじめて入ったときは、素晴らしいお店に思えても、三度、三度と来店するうちに、最初に感じた素晴らしさは「当たり前」になってしまうからだ。
お客は多かれ少なかれお店に期待感をもっている。新鮮な感動を求めている。しかし、新鮮さは長続きしない。新鮮さ以外の魅力を感じてくれてはじめて、お客は固定客になっていくのだが、やはり人間である以上、飽きるということがある。
したがって、つねに意識的に固定客をつくっていく必要がある。これを顧客創造という。固定客の来店頻度が落ちてゆくことが明らかな以上、その穴を埋め、さらに売上げアップが実現できるだけの新たな固定客
づくりが不可欠なのだ。いわゆる不振店とは、その努力をせずに、漫然と固定客化を待っているだけのお店のことだ。
固定客づくりのポイントは、初回客への対応の仕方である。いうまでもないことだが、すっかり馴染みになった固定客も、元をただせば初同客なのだ。
ところが、初回客に対して、固定客化に向けての適切な対応のできているお店は、驚くほど少ない。固定客に対しては何かと愛想がいいのに、初回客には手のひらを返したような無味乾燥な対応をするお店が多い。
どうせフリ客だからとあなどっているとしか思えないのだが、これでは固定客が増加するわけがない。
初回客のハートをつかかサービスは、店長が主役にならなければいけないc席への案内やメニュー表を渡すまでは従業員でかまわないが、オーダーは店長がとるべきなのだ。その際に、当店の簡単な紹介ができるし、メニューを見て迷っているようなら、おすすめ料理を中心に料理の説明をすることもできる。
それぐらいなら従業員でもできるじゃないかと思うかもしれないが、わざわぎ店長が出てくる、というところが大事なポイントなのである。
どうしても店長がオーダーを受けられない場合は、伝票にそれとわからないようなマークをつけておくといい。店長は身体があいたら、そのマークを見て挨拶に出るのだ。もちろん、従業員にもそのマークが何を意味しているのかを周知徹底させておく。そうすることで自然と、食事中の気配りもきくようになる。一人客の場合は、食事中に店長が何かひとことかけるようにする。
食べ終えたら、間を置かずに店長がテーブルに行き、「料理はいかがでしたか?」と声をかける。このひとことでお客の満足感はより大きなものとなり、お店に対する好感も大きくなる。ただし、ほかのお客もいるのだから、お客との会話はあまり長くなってはいけない。
そして、お客が帰るときは出口まで出向いて見送る。
その際、「またのお越しをお待ちしております」と、「当店の大事なお客さま」という意志表示をすることを忘れてはいけない。ドリンク券や割引券などがあれば、このとき手渡すといい。また、レジ担当の従業員も、伝票のマークを確認して、よりていねいな対応をすることができる。
また、一般には初回客は4人で来店することは少ない。たいていは2人以上か、固定客に同伴されて来店する。この固定客との同伴というケースも、意外と見過ごされやすい。店長や顔馴染みの従業員がテーブルに出向くのはいいのだが、固定客とばかり話をして、初回客をおいてきぼりにしてしまいがちなのだ。
もちろん、固定客に対しては当店をひいきにしてくれていることへの感謝の気持ちをあらわさなければならないし、「自分はこの店で大事にされているんだ」という同伴客に対しての自尊心も満足させる必要がある。しかし、それはある程度で十分なのであって、店長が話をすべきなのは、同伴されてきた初回客なのである。
そして、店長は話のきっかけづくりに徹して、初回客に話をさせるようにすることが大切なポイントだ。こうすることによって初回客の、お店に対する親近感が強くなる。居心地がよければ、次回の再来店につながっていく。
要するに、お客とのコミュニケーションをいかにうまくとるかが、固定客づくりのポイントである。お客はお店に対して、飲食というモノだけを要求しているのではない。ホッとできる温かみとか、心の触れ合いを期待しているのだ。だから私はいつも、飲食店の最大の売り物は「お客への愛」だといい続けている。お店が繁盛するということは、多くのお客にお店の愛が受けとめられている証拠なのである。
顧客管理という言葉にはどこかしら冷たい響きがあるが、実はそうではない。また、先に管理は技術だといったが、それは「心」のともなった技術という意味だ。サービス業はすべてにおいて、お客への奉仕=愛がベースになっていなければならないのである。
飲食店の機会損失とは、本来なら売れるはずだったのに、何の対応策も打っていなかったばかりに、みすみす販売チャンスを逃がしてしまうことを意味する。
機会損失発生の可能性は、毎日の営業の中にゴロゴロころがっている。ところが、機会損失がいつ、どこで発生しているかは、ふつうはなかなか気づかない。
正確な数字によって記録に残るものではないからだ。たとえば、皿やグラスを割ったとか、機器が破損したとかなら、損害額は明らかだ。従業員もそのことを意識する。しかし、機会損失の場合は、そのことへの対処の認識がないと、まず意識されない。たまに気づくことはあっても、逸失利益の金額がはっきりしないから、そのまま兄過ごされやすいのだ。
実は、機会損失は飲食店の宿命でもある。ファーストフードショップは別にして、レストランは料理のジャンルにかかわらず、テーブルサービスが原則だ。つまり、原則として一組のお客がひとつのテーブルを占拠する。そして、その一組のお客がテーブルを占拠している時間は(渋滞時間)、業種業態によってある程度決まっている。このことから、飲食店は「時間」と「収容力」という、二つの制約をうけていることがわかる。そして、飲食店の機会損失の大半は、この二つの制約が原因になっているのだ。
この問題の根は、まず店舗レイアウトにある。売り上げは客数と客単価で決まるのだから、席数をできるだけ確保しなければならない、と誰でも考える。だから、ホールの設計では1席でも多くとろうとして苦心する。しかし、ここで考えなければならないことは、席数=客数ではないということだ。
お客に利用されずに空いている席を「死に席」という。レイアウト上でいくら席数がとれても、すべての席が有効に稼働しなければ意味がない。詰め込んで100席を確保していても、30席が「死に席」だったら、実質的には70席しかない。しかも正確にいえば、最初から70席を配置したレイアウトに比べて、はるかに居心地の悪い客席になってしまう。
同じ営業面積で70席なら、一席当たりの空間は単純計算して1.4倍強である。お客にとって、このゆとりの違いは大きい。せせこましく詰めるお店よりも、理である。実質的に70席なのだから、1人分の空間も同じこと、ということにはならない。
かりにガラガラに空いているお店でも、客席がギチギチに詰め込んであると、お客の日には狭苦しいとしか映らないものだ。モノを効率よく並べるのとはわけが違う。「生きている席」を確保するというのは、お客の居心地感のよさを前提にするということだ。
もちろん、ホールのレイアウトは店長の一存で変更できるものではない。しかし、修正はきくし、また、そうしなければならない。その前提として、この「生きている席」を確保する、ということの意味を、しっかりと頭に叩き込んでおいてほしい。
ピーク時間帯の在席客数を客席数で割った数字を、満席率という。たとえば、ランチタイムには、ウエイティングの列ができる。このウエイティングが発生した時点が、満席状態である。ところが、ふつうは満席といっても、満席率は70〜80%前後でしかない。
この原因は、席のとり方にある。通常、レストランのテーブル席は4人掛けを基本パターンにしている。 一組当たりの客数を3〜4人と想定しているためだ。しかし、実際の1組当たり客数は一般に、平均して2人以下である。多いお店でも、せいぜい二人だ。みかけの席数はあっても、実質稼働率は低=死に席が多いのである。それなら、はじめから2人席にしておいて、 1組2人以上のお客の場合はテーブルをつなげられるようにしておくべきなのだ。
お客はふつう、相席をいやがる。混雑が当然のランチタイムでも敬遠されるし、ディナータイムならほかのお店へと流れてしまう。これが機会損失である。
たとえば、4人掛けテーブルに2人(1組)のお客が着席している。そこに1人で相席させられるのは、お客の心理として非常に抵抗がある。また、同じ相席でも、二人掛けテーブルだと、知らない人と向かい合っても、それほどの抵抗感はないものだ。
飲食店の最大のテーマは、売れるときにお客に迷惑をかけずに、いかにたくさん売るかということだ。季節変動があれば、売れる月にとにかく稼ぐ。同様に、曜日や時間帯によって来客数が違うのであれば、平日、土曜日、日曜・祭日、あるいは金曜日と、客席レイアウトを変えていく必要がある。ピーク時間帯の満席率をいかに高めていくかということが、店長の重要な仕事になるわけだ。
そのためには、自店のピーク時の満席率と、曜日、時間帯別の一組当たりの客数のデータをとり、集計・分析してみることだ。調査機関は、季節ごとにあるていど安定した客数が見込めるのであれば、各季節に一カ月間、曜日(平日、週末)ごと、時間帯ごと(ランチタイム、ディナータイム)におこなう(表2参照)。
データの分析というと平均値がつきものだが、この場合は平均人数を求めても意味がない。2人客と4人客が多いと、平均は2人ということになるが、2人を想定して4人掛けテーブルのみにしたのでは、元のモクアミである。この場合に大事なのは、もっとも多く来店する一組当たりの客数に対し、テーブル当たりの客席数がうまく対応しているかどうかなのだ。
店舗レイアウトでは、従業員の作業動線も重要なポイントである。
まず、ホールの場合、どの席に対しても最短距離で行くことができ、テーブルでのサービスの支障にならないテーブル配置になっていることが理想だ。と同時に、厨房へのオーダー通しやテーブル・セッティングの準備、料理を運んだり皿を下げる、といった一連の仕事がスムーズに流れるようなレイアウトになっていなければ、ピーク時のサービスが混乱するのは必至である。その混乱が結局はお客の滞席時間を長くして、客席回転率を低くしてしまう。ウェイティング客が全員、黙って待っていてくれるわけではないのである。
また、厨房内の作業動線も重要だ。これの効率が悪いと、オーダーをさばき切れず、客席回転率の低下をもたらす、クレームの原因をつくることにもなる。
こういう基本的な店舗レイアウトについてはもちろん、店長の一存でどうこうなるものではない。しかし、だからといって、その点では店長の責任はない、ということにはならない。
レイアウトに欠陥があるならそれなりに、与えられた条件のなかでのもっとも効率のよりやり方を考え出すのは、店長の責任である。しかし、理想的な作業動線を確保できるレイアウトを知らなければ、なんとかそれに近づけようとする努力もできないわけだ。また、場合によっては、レイアウトの変更や手直し=改装を会社に提言することも、店長の役割なのである。
せっかくの売るタイミングを逃しているところで、機会損失は客数だけの問題ではない。サービスの仕方も大いに関係してくる。
たとえば、客単価アップは売上高増大の重要なテーマである。いちばん手っ取り早い方法は値上げだが、これが簡単にできるのなら誰も苦労はしない。一般に、1割値上げすれば客数は1割減少するといわれている。
そこでテーマとされるのが、推奨販売である。なかでも、追加オーダーは無理なく客単価を上げるため、多くのお店で少しでもとろうと努力している。
ところが、これがトップのかけ声ばかりでいっこうに効果が上がらない、というお店が少なくない。機械的に押し売りするばかりで、売れるタイミングということが頭に入っていないからである。
推奨販売に無理押しは絶対に禁物である。お客の意思を尊重しない強引な売り方は、必ずお客の反発を招く。お客の満足度はレジでおカネを支払うときにだいたい決まるが、そのとき「余計に使わされた」と思われたらおしまいだ。納得して払うかどうかは、金額以前の問題なのである。
そうではなく、お客がオーダーしたいと思っているそのときを逃さずに売る、これが、売れるタイミングということだ。
たとえば、別項でも触れたが、お客がそのサインを送って寄こしているとき。これを見逃してしまうお店が多いのだ。せっかくの売れるタイミングを、みすみす逃してしまうのである。お客の声が小さいから、アクションが小さいから、あるいはピーク時で忙しかったから、など言いわけはいくらでもあるだろう。しかし、それは言いわけにはならない。ぶつうお客は、わざわざ大声を出してまで追加の注文をしたりしない。
そういうお客ばかりだと思い込んでいたとしたら、多くの追加のサインを見落としていた証拠なのだ。
これは、店長の従業員教育の問題である。サービス要員全員がこのことをしっかりと頭に入れていれば、かなり機会損失を防ぐことができる。と同時に、サービス技術を訓練して、人時接客数を高めていくことだ。そうすれば、客回転もおのずとよくなっていく。
店長にとって、現状肯定は最大の落とし穴である。経営は生き物というが、まさにそのとおりで、成長が止まったとき=現状を肯定したときから、お店は衰退への道を歩き始める。
たとえば、QSCのスタンダードの維持は店長の義務だが、正確にいえばこの「維持」とは、固定された状態のことをいうのではない。スタンダードはたゆまぬ改善の上に成り立つものである。
なぜなら、飲食店のマネジメントに完璧ということはないからだ。ある時点では一応満足のいく状態だったとしても、次の時点ではもはや、それはあるべき状態ではなくなっている。次の改善のテーマが浮かび上がってくる。その改善の積み重ねでしかお店は成長することはできないのだ。
店長は飲食業のプロであるっプロとは、お店を成長、発展させることができる人、という意味だ。いま自店には何が足りないのか。店長はつねに、その問題意識をもち続けていなければならない。
問題意識とは、現状を変革しようという意識である。それにはまず、現状に疑間をもつことだ。「これでいいのか?」という意識でお店の中を見回してみる。そうすれば、次々と問題点が浮き出てくるはずだ。
たとえば、マニュアルは誰もが均質な仕事ができ、また仕事を覚えやすくするために絶対必要なのだが、いくらよくできたマニュアルがあっても、実際にマニュアルどおりに仕事が遂行されているかどうかは別だ。
従業員全員が完璧にこなせているなどというのは、現実にはあり得ないわけで、仕事の習得が遅い部下に対しては、訓練の方法や訓練に当てる時間を考え直さなければならない。
場合によっては、挨拶の仕方などマニュアル自体を改善すべきかもしれない。
ここで、マニュアルの遂行度のチェックについて、具体策を紹介しておこう。以下のような店舗チェック表の活用である。
飲食店が不振に陥る要因はいろいろあるが、そのもっとも大きな要因のひとつは、マニュアルの有名無実化だからだ。
いま述べたように、どんなマニュアルもそのとおりに仕事が遂行されていなければ、そのマニュアルは存在しないも同然なのである。これはちょっと極端ないい方かもしれないが、マニュアルと違うやり方や手抜きを許すことは、最初はささいなことでも必ず、マニュアルの有名無実化を引き起こすことになるのだ。「これくらいはいいか」という意識が怖いのである。
さて、店舗チェック表だが、別項(第2章1項)で挙げた「店長の営業中のチェック項目」をまとめたものと考えていい。
チェックすべき内容別に、
①店舗の店頭および外観
②従業員就業状況
③商品管理
④店舗管理
の四つのグループに分け、それぞれのグループごとに各項目の評価を採点できるようになっている。四グループとも100点満点なので合計400点満点になる。そこで、わかりやすくするため100点満点に換算し、現状があるべき姿= 100点に対してどうなのかを点検し、問題点を探し出すのである。
ただ、注意しなければならないのは、評価の基準を明確にしておくということだ。この基準がバラついていては、チェックの意味がない。マンネリ化からいつの間にか、無意識的に現状肯定になってしまうことにもなりかねない。
また、実際に仕事をするのは従業員なのだということも忘れてはいけない。彼らの仕事に対する理解と納得がなければ、問題の発見はできても改善にはつながらない。評価の基準づくりには、従業員も参加させるべきである。
マニュアルの遂行度以外にも、改善すべき問題点はいくらでもある。
たとえば、食器の破損をもっと少なくできないかとか、サンプルのディスプレイはいまのままでいいのかとか、アイドルタイムをより有効に使うことはできないか、等など。
少し考えれば、キリがないほど出てくるはずだ。店長自身のワークスケジュールづくりに問題があることもあるかもしれない。
こういう問題点はたいていの場今、改善すること自体がむずかしいわけではない。改善しようとする意識がないから、放置されているにすぎない。一度胸に手
を当てて、自分がどれほどの問題意識をもっているか、素直に反省してみてほしい。ところで、問題点は何も、店長自身の状況観察からしか発見できないのではない。お客のクレームが教えてくれることもあれば、部下の提言によって明らかになることもある。
また、他店を見学することによって、自店の欠点も見えてくる。これらについては後の項目で詳述するが、大事なことは、問題点を発見したら即、改善行動に移すことである。そして、何をどう改善するかということだけでなく、誰が(あるいは誰と誰が)、いつ取り組むのかということと、改善の理由、そして改善目標を明確に部下に示すことがポイントになる。
とくに「理由」を挙げたのは、一方的な押しつけでは部下の協力が得られないからである。改善とはいいかえれば、現状否定だが、人間には一般に、そういうことに対する抵抗感をもつ傾向がある。なぜ改善すべきなのか、そして改善することによってどういう効果があるのかを、店長は具体的に、部下に示すことができなければいけない。