お客がお店に入ってきて感じる主な不潔感を挙げると、次のようになる。
①テーブルの汚れ、水滴、拭き跡
②テーブルの脇または裏側の汚れや床のゴミ
③カスターセットの汚れ(とくに油汚れ)
④イスの汚れ
⑤ メニューブックの汚れ
⑥窓ガラスの汚れ
⑦照明器具の汚れや照度の落ちた蛍光灯、電球
③トイレの汚れ(とくに便器とその周辺)
⑨化粧台、鏡の汚れ
⑩ レジの汚れと周辺の乱雑さ
これらのなかで致命的なのが、③のトイレの汚れである。当然だろう。不潔感が直接的でもっとも強烈だから、お客のお店への評価はガタ落ちになる。
たとえば、食事を終えたあと「ちょっとお化粧を直しに」とトイレに立つ女性客は多い。そのとき、ドアら、満足した気分にサアッーと水を差されてしまう。
男性でも同じだ。ましてや食べる前だとなおいけない。神経質なお客だと、食欲までなくなってしまう。また、注文して料理を待っている間とか、料理を食べている最中に、汚くてイヤな思いをさせられたトイレを従業員が利用するのを目撃したとする。これほど興ぎめなこともない。
「そんな大袈裟な」と思ったとしたら、自分のクレンリネス意識について疑ってかかる必要がある。別項で清潔感は十人十色、人によって感じ方が違うといったが、それは店長には当てはまらないのである。
私はクレンリネスの話をするときによく、小学校の先生から聞いた話を例として挙げる。その先生は、家庭訪間のときに必ず、訪問先の家庭のトイレを借りることにしている。トイレに入ってその様子を見れば子どもにどの程度のしつけをしているかの察しがつくからだという。便器が汚れていたり、髪の毛やホコリがたまっているようでは、きちんとしたしつけをしていることは期待できない、というのだ。
「トイレを見ればその家がわかる」というわけだが、まったくそのとおりである。そして、このことはそっくりそのまま飲食店にも当てはまる。トイレほどそのお店のクレンリネス意識を反映する場所はほかにない。
トイレの様子をひと目見れば、そのお店の飲食業に対する考え方、取り組みの姿勢がたちどころに判明する。「トイレよければすべてよし」ということはある。しかし、トイレだけは例外で、トイレを除けばお店全体、どこもかしこもピカピカに磨きあげているなどということは、現実にはあり得ないのだ。
別のいい方をすれば、トイレの清掃のよし悪しは、お店の文化の程度をあらわすバロメーターである。つまり、店長のレベルを物語るということで、そのことを一番よく知っているのは、実はお客なのである。こういう無神経さに対しては決して妥協してくれない。
ところで、お店のクレンリネスで誰もがイヤがるのが、トイレの清掃である。しかしこれは、お店のトイレに限ったことではないだろう。誰もが清潔なトイレのはイヤだというのが、たいていの人のホンネのはずだ。自分の家のトイレとそれ以外のトイレは別、という人も少なくない。
なぜか。他人の使うトイレは不潔、という感覚があることは事実である。しかし、そういう感覚とは別の意識が働いていることもの否定できない。それは「トイレ掃除はレベルの低い仕事だ」という意識である。
もちろん、そんなことがあるはずがない。また、ふつうはとくに根拠をもってそう考えているわけでもないだろう。日本では昔から「トイレは不浄の場所」という考え方があったが、その名残かもしれない。ともかく、そういう風潮が根強く存在していることは確かであり、それが従業員の意識に多分に影響していることは否めない。したがって、トイレのクレンリネスを徹底するためには、従業員教育のなかでそういう意識を改革していく必要がある。
しかし、先決はまず、店長であるあなたの意識改革である。すでに十分な意識をもって実行しているのであれば、こういういい方は失礼になるかもしれないが、その認識をより強固なものとするためにも、もう一度この問題について考えてみてほしい。
まず、店長はお店にいる問つねに、トイレがきれいな状態に保たれているか、意識の内に置いているようでなければいけない。店長がいつもトイレの様子を気にかけている姿勢を部下に示すことが大切だ。
そのうえで、教育としつけによって部下の意識改革を徹底する。飲食業として、トイレのクレンリネスがいかに大切なことかを理解させる。もちろん、衛生面での重要性もわからせる。これが教育だ。しかし、たんに頭で理解しただけでは、なかなか身体が動かないのが人間である。いわれなくても誰もが身体を動かすようにする。しかも、誰もが同じ清潔感の基準をもって清掃するようにする。これがしつけである。どこをどうきれいにするのか。モップや洗剤の使い方はマニュアルで示せばいい。これが訓練である。
そして、もうひとつ大事なことは、部下の中からリーダーを育てることだ。そして、リーダーは店長と同様、つねにトイレの状態に気をつかい、率先してトイレの清掃をおこなうようにさせると同時に、ほかの部下に対してもいつでもトイレ清掃の命令を出せる権限を与えてあげることだ。いつまでも店長が中心になっていたのでは、店長が不在のときに必ず心のスキが生まれるし、次第に士気の緩みにつながっていく。
クレンリネスの原動力は、いかにお客に尽くし、いかにお客に喜んでもらうかという心である。他人に奉仕することの喜びを部下にわからせてあげること。それができるかどうかで、お店の評価が決まり、店長の評価も決まるのである。